海上運送人の責任範囲
1. 各条約と国際海上物品運送法の沿革
海上運送人の責任範囲を判断する場合、まず確認すべきなのは、どの条約・国内法・B/L裏面約款が適用されるかです。
各国では、ヘーグ・ルール、ヘーグ・ヴィスビー・ルール、ハンブルク・ルールなどの国際条約を基礎として、国内法が制定されています。各国の国内法は、一般に COGSA(Carriage of Goods by Sea Act)と呼ばれることがあります。
実務上は、各船社のB/L裏面約款が、どの条約または国内法を前提に作成されているかを確認する必要があります。これにより、準拠法、裁判管轄、出訴期限、責任制限などが変わることがあります。
実務上の注意:同じ海上輸送事故でも、B/Lの発行者、船社、NVOCC、傭船契約の有無、準拠法条項によって、責任を負う相手方と回収可能額が変わります。
2. 契約ごとの運送人の特定
通常は、船荷証券(B/L)の発行者が契約運送人と考えられます。
しかし、傭船契約が関係する場合や、B/L裏面約款に特別な条項がある場合には、誰が契約上の運送人であるかの特定が難しくなることがあります。
特に、航海傭船契約において航海傭船者より船荷証券が発行される場合、そのB/Lはカーゴ・レシートに近い意味を持ち、実質的には航海傭船契約の内容が適用されることがあります。
デマイズ・クローズ(Demise Clause)
デマイズ・クローズは、B/L発行会社が船舶を所有または裸傭船していない場合、B/L上の契約は船舶所有者または裸傭船者との契約として扱われる、という趣旨の条項です。
この条項がある場合、B/L発行会社は単なる代理人であり、責任主体は船舶所有者側であると主張されることがあります。
Identity of Carrier Clause
Identity of Carrier Clause は、B/L上の契約運送人を船舶所有者とする趣旨の条項です。
ただし、これらの条項については、過去の判例で有効性が争われてきました。したがって、B/Lの表面記載、裏面約款、署名欄、船社・NVOCCの関与、傭船契約の有無を総合して確認する必要があります。
3. 運送人の定義
| 国際海上物品運送法 | 海上運送を行う者。船舶所有者、船舶賃借人、傭船者など。 |
|---|---|
| JIFFA B/L | 運送契約を締結し、運送履行義務を負う証券表面記載会社。 |
| ヘーグ・ルール | 船舶所有者または傭船者。 |
| ハンブルク・ルール | 運送人および実際運送人。 |
| 米国法上の考え方 | 関係する全当事者が問題となる場合があります。 |
実務上重要なのは、「誰に請求できるか」と「その相手方が責任制限を主張できるか」です。
実際運送人が契約当事者ではない場合、契約責任ではなく不法行為責任のみが問題となることがあります。
4. 出訴期限
国際海上物品運送法では、運送人に対する訴えは、原則として貨物の引渡しから1年以内に提起する必要があります。
- 出訴期限:1年
- 根拠:国際海上物品運送法14条1項
- 損害発生前に、1年を超える出訴期限を運送契約で定めることはできません
- 1年より短い出訴期限を定めるB/L条項は無効とされます
第三者・下請会社への求償
下請運送人や関連会社への求償では、除斥期間の延長が当然に使えるとは限りません。
下請運送契約に国際海上物品運送法が適用される場合に限り、延長が問題になります。陸上運送契約、航空運送契約、国内海上運送契約、ヘーグ・ルール運送契約などでは、別途確認が必要です。
ヒマラヤ・クローズ
ヒマラヤ・クローズは、運送人が有する責任制限や免責の利益を、使用人、代理人、下請業者などにも拡張するためのB/L裏面条項です。
国際海上物品運送法でも、運送人および運送人の使用人が同様の利益を享受する考え方があり、責任の減免範囲を確認する必要があります。
5. 責任制限
Package Limitation と Weight Limitation
海上運送人の責任は、貨物の実損額全額ではなく、条約・国内法・B/L約款により一定額に制限されることがあります。
| ルール・法令 | 主な責任制限 |
|---|---|
| ヘーグ・ルール | Package limitation が中心。コンテナ輸送を十分に想定していない時代の制度です。 |
| ヘーグ・ヴィスビー・ルール | Package または重量を基準とする責任制限。 |
| 1979年議定書 | 666.67 SDR per package または 2 SDR per kilo。 |
| 国際海上物品運送法 | 666.67 SDR per package または 2 SDR per kilo の高い方を限度とします。 |
国際海上物品運送法13条の概要
- 運送人の責任は、666.67 SDR per package または 2 SDR per kilo の高い方を限度とします。
- コンテナ等で運送される場合、B/L上に個品の数量・容積・重量の記載がないときは、コンテナ等の数が梱包単位とされることがあります。
- 荷送人が運送委託時に貨物明細と価額を告知し、それがB/Lに記載された場合、責任制限の規定が適用されないことがあります。
- 荷送人が故意に貨物価額を著しく高く告知した場合、運送人は賠償責任を負わないことがあります。
- 故意または重過失がある場合、責任制限が認められないことがあります。
船主責任制限法
船主責任制限法は、船舶所有者、船舶傭船者等が、一定の海事債権について自己の責任を一定額に制限できる制度です。
責任限度額は、船舶のトン数に応じて算定されます。
注意点:ヘーグ・ルールやヘーグ・ヴィスビー・ルール上の求償額があっても、船主責任制限により、実際の回収額が低く抑えられる可能性があります。
6. 運送人・荷主の責任範囲と貨物海上保険の役割
貨物保険に加入していない場合、運送人が責任を負わない部分、または責任制限により回収できない部分は、荷主側の負担として残ることがあります。
外航貨物海上保険は、貨物に損害が発生した場合、まず契約者である荷主に対して約定した保険金を支払います。
その後、保険会社は代位求償権を行使し、運送人その他の責任当事者に対して損害賠償請求を行います。
回収された金額は、個々の保険契約者の保険成績に反映されることがあります。
保険会社が代位求償を行う意義
- 回収により、契約者の損害率を低下させること
- 運送人等に対して荷扱い上の注意喚起を行うこと
- 貨物損害防止策の促進につなげること
7. 国際海上物品運送法と各条約の比較
| 項目 | 国際海上物品運送法 | ロッテルダム・ルール | ヘーグ・ヴィスビー・ルール | ハンブルク・ルール |
|---|---|---|---|---|
| 適用範囲 | 船舶による国際物品運送。船積港または荷揚港が外国にある場合。 | 受取地、船積地、引渡地、荷卸地のいずれかが締約国にある国際海上輸送。 | 国際海上物品運送全般。船荷証券の発行を前提とします。 | 異なる二国間の港の間の海上運送。 |
| 責任区間 | 船積港から荷卸港まで。 | 受取から引渡まで。 | 船積から荷卸まで。 | 船積港から荷卸港まで。 |
| 運送人の責任 | 過失責任。受取、船積、積付、運送、保管、荷揚、引渡中の滅失・損傷・延着。 | 貨物の積込み、荷卸し、積付け、輸送等について適切な注意義務。 | 過失責任。船積港、運送中、荷揚港での管理下における滅失・損傷。 | 過失責任主義を基礎とします。 |
| 主な免責 | 航海過失、火災、海固有の危険、天災、戦争、海賊、検疫、荷主の行為、ストライキ、離路、貨物の性質、梱包不完全など。 | 一部免責に修正があり、航海過失や遅延損害の扱いに特徴があります。 | 航海過失、火災、海固有の危険、荷主の行為、梱包不完全など。 | 免責事由を限定し、運送人側の責任を広く見る傾向があります。 |
| 責任制限 | 666.67 SDR/package または 2 SDR/kg。 | 875 SDR/package または 3 SDR/kg。 | 666.67 SDR/package または 2 SDR/kg。 | 835 SDR/package または 2.5 SDR/kg。 |
| 損害通知 | 原則3日以内。 | 7営業日以内。 | 貨物の毀損は7日、延着は14日。 | 通常損害は引渡日の翌営業日、隠れた損害は15日など。 |
| 出訴期限 | 引渡しから1年。 | 引渡しから2年以内。 | 引渡しから1年以内。 | 引渡しから2年以内。 |
まとめ
海上運送人の責任範囲を判断するには、B/L発行者、契約運送人、実際運送人、準拠法、適用条約、責任制限、出訴期限を順番に確認する必要があります。
貨物損害が発生しても、運送人から全額回収できるとは限りません。航海過失、火災免責、梱包不完全、固有の性質、責任制限、出訴期限などにより、荷主側に損害が残ることがあります。
そのため、外航貨物海上保険は、運送人責任では回収できない部分を補完し、事故発生時に荷主の損害を早期に処理する重要な役割を持ちます。