HNS条約(危険物・有害物質損害賠償条約)法規制
HNS条約(危険物・有害物質損害賠償条約)は、危険物・有害物質(HNS:Hazardous and Noxious Substances)の海上輸送中に発生した事故について、被害者への賠償・補償の仕組みを定める国際条約です。
正式名称は、International Convention on Liability and Compensation for Damage in Connection with the Carriage of Hazardous and Noxious Substances by Seaです。
HNS条約は、化学品、液化ガス、一定の油類、危険な液体ばら積み貨物、危険物コンテナ貨物、危険な固体ばら積み貨物などによる事故で、火災、爆発、汚染、人身損害、財物損害、予防措置費用が発生した場合の補償制度を整えるものです。
1996年に採択されたHNS条約は発効に至らず、その後、2010年議定書により実務上の課題が修正されました。現在は、2010年議定書による発効が現実的な段階に近づいており、船主、荷主、受取人、フォワーダー、NVOCC、保険実務者にとって重要な制度となっています。
HNS条約とは
HNS条約は、危険物・有害物質を海上輸送する際に発生する大規模損害について、船主責任と基金補償を組み合わせた制度です。
通常の貨物事故では、B/L約款、海上運送人の責任制限、貨物保険、P&I保険などが問題になります。
これに対し、HNS条約は、危険物・有害物質による事故が広範な第三者被害を生じさせる可能性を前提に、国際的な補償枠組みを設ける点に特徴があります。
HNS事故では、貨物所有者だけでなく、沿岸住民、港湾施設、他船、漁業者、荷役業者、乗組員、環境被害関係者などが被害者となる可能性があります。
そのため、HNS条約は、個別運送契約だけでは対応しきれない大規模損害に備える制度として位置づけられます。
発効状況
HNS条約は、長く発効していませんでしたが、2010年議定書の発効に向けた条件充足が進んでいます。
2026年4月時点で、ベルギー、ドイツ、オランダ、スウェーデンが新たに批准・加入し、2010年HNS議定書の締約国数は12か国に達しました。
これにより、発効要件のうち、締約国数に関する条件と、一定の総トン数を有する国が含まれるという条件は満たされたと整理されています。
一方で、発効には、締約国におけるHNS拠出貨物の受取量が、所定の基準を満たすことも必要です。
このため、2025年分のcontributing cargo報告を基に、40百万トン要件が確認された後、18か月後に発効する仕組みです。
現時点では、2027年11月30日が最短の発効日として示されていますが、実務上は、最終的な発効確認と各国実施法の整備状況を継続して確認する必要があります。
制度的根拠
HNS条約は、1996年に採択されたHNS条約と、これを修正する2010年議定書を基礎とします。
2010年議定書は、1996年条約の発効を妨げていた実務上の問題、特に拠出貨物の報告や基金制度の運用に関する課題を修正するために採択されました。
2010年議定書が発効すると、1996年条約は2010年議定書により修正された形で、2010年HNS条約として運用されることになります。
HNS条約は、油濁損害に関するCLC条約・IOPC Funds制度と同じく、船主責任と補償基金を組み合わせた国際的な損害賠償制度です。
ただし、対象は油濁事故だけではなく、火災、爆発、人身損害、財物損害、環境汚染などを含む、より広いHNS事故です。
対象となる損害
HNS条約が対象とする損害には、生命・身体への損害、船外の財物損害、環境汚染による損害、予防措置費用、予防措置に伴う追加損害が含まれます。
たとえば、化学品タンカーの漏洩により港湾施設や沿岸地域に損害が生じた場合、液化ガス船の事故により火災・爆発が発生した場合、危険品コンテナの火災により周辺貨物や港湾設備へ損害が及んだ場合などが問題になります。
HNS条約の重要な点は、単なる貨物自体の損害だけでなく、第三者損害や環境損害も対象となることです。
そのため、HNS事故では、荷主の貨物保険だけではなく、船主のP&I保険、強制保険、HNS Fund、荷主・受取人への求償、行政対応費用が関係します。
対象となるHNS物質
HNS条約におけるHNS物質は、単に「危険物」と一般的に呼ばれるものすべてを意味するわけではありません。
対象物質は、IMDG Code、IBC Code、IGC Code、MARPOL関連規則、IMSBC Codeなど、国際的な危険物・有害物質の分類に基づいて整理されます。
代表的には、一定の油類、有害液体物質、液化ガス、引火点の低い液体、危険物として包装・コンテナ輸送される物質、化学的危険性を有する固体ばら積み貨物などが含まれます。
したがって、HNS該当性を判断する場合は、商品名だけではなく、UN番号、IMDG分類、SDS、輸送形態、包装貨物かばら積み貨物か、油濁制度との関係を確認する必要があります。
単に「危険物コンテナ貨物」と広く捉えるのではなく、条約上のHNSに該当するかをコード・規則に基づいて確認することが重要です。
2段階補償制度
HNS条約の補償制度は、船主責任を第1段階、HNS Fundによる補償を第2段階とする構造です。
第1段階では、船主が厳格責任を負い、HNS事故による損害について、条約上の責任限度額まで賠償責任を負います。
船主には、HNS貨物を運送する船舶について、強制保険または財務保証を維持する義務が課されます。
第2段階では、損害が船主責任限度額を超える場合や、船主側から十分な補償が得られない場合に、HNS Fundが追加補償を行います。
この2段階制度により、被害者は船主責任だけでは足りない大規模事故でも、一定範囲で補償を受けられる仕組みになります。
船主責任限度額とHNS Fundの上限
HNS条約では、事故類型に応じて船主責任限度額が定められています。
ばら積みHNSによる損害の場合、船主責任の上限は最大100百万SDRとされています。
包装HNSによる損害、またはばら積みHNSと包装HNSの双方が関係する損害の場合、船主責任の上限は最大115百万SDRとされています。
船主責任限度額を超える損害については、HNS Fundが第2段階の補償を行います。
HNS Fundを含めた総補償上限は、1事故あたり250百万SDRです。
この責任限度額は、P&I保険、強制保険証明、荷主・受取人側のリスク評価に直結するため、HNS条約の実務上の核心部分です。
HNS Fundとは
HNS Fundは、船主責任だけでは補償が不足する場合に追加補償を行う基金です。
HNS Fundは、HNS貨物を受け取る者からの拠出により運営されます。
拠出は、事故発生後に必要な補償資金を確保する仕組みとして設計されています。
HNS Fundには、一般勘定のほか、油、LNG、LPGなどの特別勘定が設けられる構造になっています。
これは、異なる種類のHNS貨物間で不合理な負担移転が生じないようにするためです。
対象外となる損害・制度との切り分け
HNS条約は広い損害を対象としますが、すべての海上事故を対象にするものではありません。
油濁損害については、CLC条約やIOPC Funds制度が既に対象としている部分があり、HNS条約では重複を避ける整理がされています。
また、船舶燃料油による損害については、バンカー油条約など別の制度が関係する場合があります。
乗客の死亡・負傷や旅客手荷物については、アテネ条約など別の制度が関係することがあります。
そのため、事故発生時には、HNS条約だけを見ればよいのではなく、CLC条約、バンカー油条約、アテネ条約、船主責任制限制度、貨物保険、P&I保険との切り分けを行う必要があります。
拠出貨物と受取人の実務
HNS Fundへの拠出は、HNS貨物の受取人側に関係します。
受取人が一定量以上のHNS貨物を受け取る場合、条約締約国の国内法に基づき、受取量の報告や拠出義務が発生する可能性があります。
実務上は、石油化学品、液化ガス、危険液体、化学品原料、一定のばら積み危険物を大量に輸入・受領する企業が特に注意すべきです。
フォワーダーやNVOCCは通常、HNS Fundへの拠出主体そのものではありませんが、貨物情報、B/L、荷受人情報、危険物申告、輸送書類に関与するため、制度理解が必要です。
発効後は、受取人側企業が、HNS該当貨物の受取量を把握し、報告・管理する体制を整える必要があります。
船主の強制保険
HNS条約では、HNS貨物を輸送する船舶の登録船主に対して、強制保険または財務保証の維持が求められます。
これは、HNS事故が発生した場合に、被害者が船主の資力不足により補償を受けられない事態を防ぐためです。
実務上は、P&I保険が中心的な役割を果たすことになります。
船主は、条約上要求される保険証明書または財務保証証明書を備える必要があります。
HNS貨物を扱う荷主やフォワーダーにとっても、運送船舶が適切な保険を備えているかは、事故時の補償可能性を考えるうえで重要です。
危険物申告との関係
HNS条約の実務では、危険物申告の正確性が極めて重要です。
貨物がHNSに該当するかどうかは、SDS、UN番号、IMDG Code、IBC Code、IGC Code、IMSBC Codeなどに基づき確認されます。
荷主が危険物情報を正しく申告しない場合、船社・フォワーダー・港湾・船主は適切な積付け、隔離、消火、緊急対応を行えません。
危険物の未申告や誤申告は、事故時に荷主への求償、保険会社からの代位求償、船会社からの損害賠償請求につながる可能性があります。
HNS条約の発効後は、危険物申告の正確性が、単なる運送実務上の問題にとどまらず、国際補償制度との関係でも重要になります。
B/L・輸送書類との関係
HNS貨物を輸送する場合、B/LやSea Waybillなどの輸送書類にも正確な貨物情報が反映されている必要があります。
危険物であるにもかかわらず、一般貨物として記載されている場合、船会社やフォワーダーの受託判断、積付け判断、保険引受判断に影響します。
また、貨物名、UN番号、クラス、Packing Group、数量、容器・包装形態がSDSや危険物申告書と整合しているかを確認する必要があります。
B/L上の品名が曖昧な場合、事故後に貨物の危険性や申告内容をめぐって争いになることがあります。
したがって、HNS貨物では、B/L、DGD、SDS、インボイス、パッキングリストの整合性を確認することが重要です。
フォワーダー・NVOCCの関与範囲
フォワーダーやNVOCCは、HNS条約上の船主やHNS Fund拠出主体ではない場合でも、危険物申告や輸送書類の整合確認に関与します。
荷主から受領した危険物情報を船会社へ正確に伝達し、必要書類が揃っているかを確認することが重要です。
特にNVOCCとしてHouse B/Lを発行する場合、荷主と実運送人の間で情報が途切れないようにする必要があります。
危険物情報を十分に確認せずにブッキングした場合、事故後にフォワーダーやNVOCCの説明責任が問われる可能性があります。
フォワーダーは、貨物がHNS条約上の対象物質かを法的に最終判断する立場ではありませんが、SDS、DGD、IMDG分類、B/L記載内容の確認を怠らない体制が必要です。
貨物保険との関係
HNS条約は、第三者損害や大規模事故の補償制度であり、荷主の貨物保険とは役割が異なります。
貨物保険は、通常、荷主自身の貨物に生じた物的損害を対象とします。
一方、HNS条約は、HNS事故による人身損害、第三者財物損害、環境損害、予防措置費用などを対象とする国際補償制度です。
したがって、HNS条約があるからといって、荷主が貨物保険を不要にできるわけではありません。
HNS貨物の荷主は、自社貨物の損害、共同海損、救助費用、遅延、追加費用、第三者からの請求、求償リスクを分けて保険設計を確認する必要があります。
P&I保険との関係
HNS条約では、船主の責任と強制保険が重要になります。
実務上、船主のHNS責任を支える中心的な保険はP&I保険です。
P&I保険は、船主の第三者賠償責任、汚染責任、人身損害、港湾施設損害、除去費用などに関係します。
HNS条約発効後は、HNS貨物を運送する船主に対して、条約上の保険証明が求められることになります。
フォワーダーや荷主は、個別にP&I保険証明を確認する立場とは限りませんが、大規模HNS事故ではP&I保険とHNS Fundの関係が事故対応の中心になります。
実務上の流れ
HNS貨物を扱う場合、まず貨物がHNS条約上の対象物質に該当する可能性があるかを確認します。
次に、SDS、UN番号、IMDG Code、IBC Code、IGC Code、IMSBC Code上の分類を確認します。
包装貨物か、コンテナ貨物か、液体ばら積みか、液化ガスか、固体ばら積みかを整理します。
荷主は、危険物申告書、SDS、インボイス、パッキングリスト、B/L記載内容を整合させる必要があります。
船会社・フォワーダー・NVOCCは、申告された情報を基に、受託可否、積付け、隔離、運送条件、保険上の確認を行います。
事故発生時は、まず人命安全、緊急対応、当局通報、船主・P&I保険者への通知、貨物保険者への通知、サーベイ、損害拡大防止を行います。
確認すべき書類
HNS貨物の輸送では、次の書類を確認します。
- SDS(安全データシート)
- 危険物申告書(Dangerous Goods Declaration)
- IMDG Code分類資料
- UN番号
- Class・Division
- Packing Group
- IBC Code・IGC Code・IMSBC Code関連資料
- 商業インボイス
- パッキングリスト
- B/LまたはSea Waybill
- Booking Confirmation
- 船会社の危険品受託確認
- コンテナ積付明細
- 貨物保険証券
- P&I保険関連情報
- 緊急連絡先・事故対応手順
- 受取人・荷受人情報
- HNS拠出貨物に関する受取量管理資料
特に、SDS、DGD、B/L、インボイス、パッキングリストの貨物名・分類・数量が一致しているかを確認することが重要です。
注意点
HNS条約は発効に向けた段階にありますが、実際の適用開始時期と国内実施法の内容は継続確認が必要です。
HNSに該当するかどうかは、商品名だけでは判断できません。SDS、UN番号、輸送形態、関連コードを確認する必要があります。
危険物申告漏れや誤記載は、事故時に荷主・フォワーダー・NVOCCへの求償や責任追及につながる可能性があります。
HNS Fundへの拠出は、受取人側の実務に影響するため、HNS貨物を大量に輸入・受領する企業は、受取量管理と報告体制を整える必要があります。
HNS条約は貨物保険の代替ではありません。荷主自身の貨物損害、共同海損、追加費用、第三者請求、求償リスクは別途確認する必要があります。
具体例
液化ガス船の事故で爆発・人身損害が発生したケース
LPGやLNGなどの液化ガスを積載した船舶で事故が発生し、爆発や火災により港湾施設や第三者に損害が生じることがあります。
この場合、まず船主の責任とP&I保険による対応が問題になります。
損害が船主責任限度額を超える場合には、HNS Fundによる第2段階補償が問題になります。
このケースでは、船主は強制保険証明を備え、荷主・受取人は貨物のHNS分類と受取量管理を適切に行うべきでした。
化学品コンテナの火災で危険物申告が問題になったケース
化学品コンテナが船上で火災を起こし、周辺コンテナや船体に損害が生じることがあります。
事故後、貨物が正しくIMDG Codeに基づき申告されていたか、SDSとDGDの内容が一致していたか、B/L上の品名が適切だったかが確認されます。
危険物申告が不正確であった場合、荷主やフォワーダーに対して、船会社や保険会社から求償が行われる可能性があります。
このケースでは、荷主がSDSと危険物申告を正確に提出し、フォワーダーは船会社へ情報を正しく伝達すべきでした。
ばら積み化学品の漏洩で沿岸被害が発生したケース
ケミカルタンカーが事故を起こし、有害液体物質が海上へ流出することがあります。
沿岸施設、漁業、港湾運営、環境回復に損害が生じた場合、HNS条約の補償制度が問題になります。
船主責任と強制保険で対応しきれない大規模損害では、HNS Fundによる補償が関係します。
このケースでは、船主側の保険対応だけでなく、受取人側のHNS拠出貨物管理も制度運用上重要になります。
HNS該当性を確認せずに一般貨物として手配したケース
荷主が化学品を一般貨物として申告し、フォワーダーがSDSやUN番号を十分に確認しないままブッキングすることがあります。
輸送中に事故が発生した場合、貨物の危険性が事前に正しく伝わっていなかったことが問題になります。
この場合、荷主の申告義務違反、フォワーダーの確認不足、船会社の受託判断、保険会社の求償が争点になります。
このケースでは、荷主はSDSと危険物申告を提出し、フォワーダーは危険物情報の有無を確認したうえで船会社へ正確に伝えるべきでした。
まとめ
HNS条約は、危険物・有害物質の海上輸送中に発生する大規模損害について、船主責任とHNS Fundによる2段階補償制度を設ける国際条約です。
対象となる損害は、貨物自体の損害にとどまらず、人身損害、第三者財物損害、環境汚染、予防措置費用に及びます。
発効に向けた条件充足が進んでおり、発効後は、船主の強制保険、HNS Fundへの拠出、HNS貨物の受取量報告、危険物申告の正確性が実務上重要になります。
フォワーダー、NVOCC、荷主、受取人、保険実務者は、SDS、IMDG Code、B/L、危険物申告、P&I保険、貨物保険、HNS Fundの役割を分けて理解し、HNS貨物の輸送・受取・事故対応を整理する必要があります。
同義語・別表記
関連用語
公式情報
- 公式ホームページ: https://www.hnsconvention.org
