非常危険とは
概要
非常危険とは、買主個別の信用力とは別に、取引先国の政治・経済・金融事情など、契約当事者の責任ではない外部的要因によって、輸出代金を回収できなくなるリスクをいいます。
たとえば、戦争、内乱、政変、送金規制、外貨不足、輸入制限、政府措置、自然災害、経済制裁などにより、買主に支払意思があっても、輸出者が代金を回収できない場合があります。
輸出取引信用保険では、買主の倒産や支払不能などの信用危険と並び、非常危険は代金回収不能リスクを考えるうえで重要な論点になります。
非常危険が問題になる理由
貿易取引では、売買契約上の支払義務が存在していても、取引先国の事情によって決済や送金が妨げられることがあります。
たとえば、買主が現地通貨で代金を用意していても、外貨不足により外貨へ交換できない、中央銀行の送金承認が下りない、政府措置により国外送金が止まる、といった場合があります。
このような場合、買主の信用力だけを見ていてもリスクを十分に把握できません。買主、取引国、発行銀行、保証銀行、送金ルート、支払通貨、制裁対象の有無を一体で確認する必要があります。
非常危険の主な類型
非常危険には、主に次のようなものがあります。
- 戦争、内乱、政変、暴動
- 地震、台風、洪水などの大規模自然災害
- 輸入制限、輸入禁止
- 政府による支払猶予命令
- 送金規制、外貨送金の禁止・制限
- 外貨不足による送金遅延
- 債務免除や債務繰延べに関する法令・政府措置
- 公的債務者の債務不履行
- 経済制裁、金融制裁、銀行業務停止
- 政府措置による主契約の達成不能
これらは、買主個別の信用状態とは別に発生するため、信用危険とは区別して整理する必要があります。
なお、自然災害は、貨物そのものの損傷を問題にする場合には貨物海上保険の論点になります。一方で、自然災害により銀行業務、送金インフラ、港湾機能、行政手続、買主の事業継続が停止し、輸出代金の回収が困難になる場合には、非常危険として問題になることがあります。
信用危険との違い
信用危険とは、買主の倒産、支払不能、債務不履行、長期不払いなど、取引先そのものの信用状態に起因する代金回収不能リスクです。
一方、非常危険は、買主自身ではなく、取引先国の政治・経済・金融事情や政府措置などに起因するリスクです。
たとえば、買主が倒産して支払えない場合は信用危険です。これに対し、買主に支払意思と資金があるにもかかわらず、外貨送金が禁止されて送金できない場合は、非常危険として整理されることがあります。
ただし、実務上は、買主の信用悪化と取引先国の金融混乱が同時に発生することもあり、信用危険と非常危険の境界が分かりにくいケースがあります。
カントリーリスクとの関係
非常危険は、カントリーリスクと密接に関係します。
カントリーリスクとは、買主個別の信用力とは別に、取引先国の政治・経済・金融・法制度上の事情によって、代金回収や送金、契約履行が妨げられるリスクをいいます。
非常危険は、このカントリーリスクが輸出代金の回収不能という形で現実化した場合に問題になります。
そのため、輸出取引信用保険を検討する際には、買主の信用力だけでなく、買主所在国、支払国、出荷先国、発行銀行所在国、保証銀行所在国のリスクを確認する必要があります。
送金規制・Transfer Riskとの関係
送金規制は、非常危険の代表的な類型です。
輸入者が現地通貨で代金を用意していても、外貨交換ができない、国外送金の許可が出ない、中央銀行の承認待ちになる、銀行が送金処理を停止する、といった場合があります。
このように、現地では支払資金があるにもかかわらず、国外へ資金を移転できないリスクをTransfer Riskと呼ぶことがあります。
Transfer Riskは、買主の倒産とは異なります。問題の中心は、買主の信用力ではなく、外貨交換、国外送金、中央銀行承認、送金経路、銀行規制などにあります。
経済制裁との関係
経済制裁は、非常危険と重なることがある重要な論点です。
経済制裁は、特定国、特定企業、特定個人、特定金融機関、特定貨物、特定用途との取引を制限するものであり、送金規制とは発動主体や法的根拠が異なります。
実務上は、買主や銀行が直接制裁対象でなくても、送金経路、関係銀行、船舶、港湾、最終需要者、親会社・子会社関係、貨物用途などが問題になる場合があります。
経済制裁は状況変化が速いため、個別取引では必ず最新の公式情報、銀行確認、必要に応じた専門家確認を行う必要があります。詳細は、経済制裁に関する独立記事で整理することを想定します。
主契約の達成不能との関係
非常危険では、政府措置や外部的事情により、売買契約そのものの履行が困難になることがあります。
たとえば、輸入禁止、検疫規制、制裁措置、戦争、政変、政府命令などにより、予定していた貨物を輸出・輸入できなくなる場合があります。
この場合、買主が支払わない理由は、単なる信用不安ではなく、取引先国や第三国の公的措置によって主契約の履行が妨げられたことにある可能性があります。
ただし、契約不適合、商品クレーム、品質不良、許認可取得漏れなど、輸出者側や契約上の問題に起因する履行不能は、非常危険とは別に整理する必要があります。
公的債務者の債務不履行
非常危険では、公的債務者の債務不履行が問題になることがあります。
公的債務者とは、政府機関、国営企業、公的機関など、民間企業とは異なる性格を持つ相手方を指すことがあります。
公的債務者が支払を停止した場合、通常の民間買主の信用危険だけでなく、政府財政、外貨事情、政策変更、国際制裁、行政措置などが関係することがあります。
そのため、公的債務者との取引では、相手先の信用力だけでなく、国全体の財政・政治・送金リスクを確認する必要があります。
出荷後リスクとの関係
非常危険は、主に出荷後リスクとして問題になります。
貨物を出荷した後、輸出者の手元には買主に対する代金債権が残ります。その後、送金規制、外貨不足、戦争、政府措置などにより代金を回収できなくなることがあります。
このような場合、貨物そのものに損傷がなくても、輸出者は代金債権を回収できない損害を受ける可能性があります。
出荷前リスクとの関係
非常危険は、出荷前にも問題になることがあります。
たとえば、輸出契約を締結し、製造や仕入れを進めた後に、戦争、輸入禁止、制裁、政府措置などにより輸出できなくなる場合があります。
この場合、輸出者は貨物を出荷できないまま、製造費、仕入費、加工費などの損失を負う可能性があります。
ただし、出荷前リスクは、通常の出荷後リスクとは別に整理され、特約によって補償対象になる場合があります。特注品、専用品、転売困難な貨物では、出荷前の非常危険を確認する価値があります。
第三国の非常危険
貿易取引では、買主の所在国、支払国、出荷先国が一致しないことがあります。
たとえば、買主はA国に所在しているが、貨物は第三国Bへ出荷されるという取引があります。この場合、買主国だけでなく、出荷先国で発生する非常危険も問題になることがあります。
第三国で輸入禁止、戦争、政変、港湾閉鎖、政府措置などが発生すると、貨物を出荷できない、または代金回収に支障が出る可能性があります。
このような取引では、買主の居住国だけでなく、出荷先国、支払国、経由国、関係銀行の所在国を確認する必要があります。
L/C取引との関係
L/Cがある場合でも、非常危険が完全になくなるわけではありません。
信用状取引では、信用状条件に合った書類が提示されれば、発行銀行が支払・引受・買取などを行います。
しかし、発行銀行所在国で送金規制、外貨不足、金融制裁、戦争、銀行業務停止などが発生すると、L/C決済にも影響する可能性があります。
確認信用状が付いていない場合、輸出者は発行銀行と発行銀行所在国のリスクを負うことになります。
UCP600不可抗力条項との関係
UCP600 Article 36の不可抗力条項は、銀行業務が天災、戦争、暴動、テロ、ストライキ、その他銀行の支配を超える原因で中断した場合の責任関係を定める規定です。
非常危険が現実化し、銀行業務が停止した場合、書類審査、支払、買取、通知、送金、書類引渡しに影響が出ることがあります。
特に、銀行業務中断中に信用状の有効期限や書類提示期限が到来する場合、不可抗力があったからといって期限が自動的に延長されるとは限らない点に注意が必要です。
確認信用状・Silent Confirmationとの関係
発行銀行所在国に非常危険が懸念される場合、確認信用状やSilent Confirmationが検討されることがあります。
確認信用状では、発行銀行とは別の確認銀行が、信用状条件に合致した書類提示に対して独立した支払確約を行います。
Silent Confirmationは、信用状上は正式な確認銀行として表示されないものの、輸出者と第三者銀行との個別契約により、発行銀行リスクやカントリーリスクを一定範囲で補完する実務です。
ただし、送金規制、制裁、不可抗力、銀行側のコンプライアンス判断がどこまで対象となるかは、個別条件の確認が必要です。
Forfaiting・Avalとの関係
ForfaitingやAvalも、非常危険と関係します。
Forfaitingでは、輸出者が保有する輸出債権や期限付手形を金融機関に売却し、早期資金化することがあります。この場合、金融機関が買主国や保証銀行所在国の非常危険をどこまで引き受けるかが重要です。
Avalは、手形や約束手形に銀行保証を付ける仕組みですが、保証銀行の所在国で送金規制、外貨不足、制裁、政変が発生すれば、支払に影響する可能性があります。
したがって、ForfaitingやAvalを利用する場合でも、買主だけでなく、保証銀行・支払国・送金ルートを確認する必要があります。
貨物海上保険との違い
非常危険は、代金回収や輸出不能に関するリスクであり、貨物の損傷・滅失リスクとは異なります。
貨物が無事に到着していても、送金規制や戦争により代金を回収できないことがあります。反対に、代金決済に問題がなくても、輸送中に貨物損害が発生することがあります。
貨物海上保険は、輸送中の貨物損害を対象とする保険です。一方、輸出取引信用保険は、輸出代金の回収不能リスクを対象とします。
したがって、非常危険と貨物海上保険の対象リスクは分けて考える必要があります。
実務上の確認事項
- 買主所在国に戦争、内乱、政変、社会不安がないか。
- 外貨不足や送金規制が発生していないか。
- Transfer Risk、つまり資金を国外へ移転できないリスクがないか。
- 輸入制限、輸入禁止、政府措置がないか。
- 経済制裁の対象国・対象者・対象取引に該当しないか。
- 買主国、支払国、出荷先国、第三国のリスクを確認しているか。
- 発行銀行・保証銀行・確認銀行の所在国に問題がないか。
- L/C、確認信用状、Silent Confirmationを利用する必要があるか。
- ForfaitingやAvalで非常危険をどこまで移転できるか。
- 輸出取引信用保険で非常危険が対象になるか。
- 出荷前リスクを特約で補償する必要があるか。
- 貨物海上保険と輸出取引信用保険の役割を分けているか。
実務上のポイント
- 非常危険は、買主個別の信用力ではなく、国・政治・金融事情に起因するリスクである。
- 戦争、政変、送金規制、外貨不足、輸入制限、政府措置などが中心になる。
- 買主に支払意思があっても、送金規制により代金を回収できないことがある。
- 送金規制や外貨不足による資金移転不能は、Transfer Riskとして整理されることがある。
- L/Cがあっても、発行銀行所在国の非常危険は残る場合がある。
- 確認信用状やSilent Confirmationは、非常危険への対策として検討されることがある。
- 第三国向け出荷では、買主国だけでなく出荷先国の非常危険も確認する必要がある。
- 非常危険は貨物損害ではないため、貨物海上保険とは対象が異なる。
まとめ
非常危険とは、戦争、内乱、政変、送金規制、外貨不足、輸入制限、政府措置など、買主個別の信用力とは別の外部的要因により、輸出代金を回収できなくなるリスクをいいます。
信用危険が買主自身の倒産や支払不能を中心とするのに対し、非常危険は取引先国や関係国の政治・経済・金融事情に起因する点が特徴です。
非常危険を管理するには、買主の信用力だけでなく、買主国、支払国、出荷先国、発行銀行・保証銀行の所在国、送金ルート、L/C条件、確認信用状、Silent Confirmation、Forfaiting、輸出取引信用保険を組み合わせて確認する必要があります。
また、非常危険は貨物そのものの損傷・滅失ではなく、代金回収や輸出不能に関するリスクであるため、貨物海上保険とは役割を分けて考えることが重要です。
