英国海上保険法における全損・推定全損・委付

Total Loss, Constructive Total Loss and Abandonment under the Marine Insurance Act 1906

英国海上保険法における全損・推定全損・委付とは

英国海上保険法における全損・推定全損・委付とは、海上保険の対象に生じた損害を分損、現実全損又は推定全損のいずれとして扱うかを判断し、推定全損について被保険者が全損として請求する場合に、保険者へどのように委付通知を行うかを整理する制度です。

Marine Insurance Act 1906のSection 56は、損害を全損と分損に区分し、全損をActual Total LossとConstructive Total Lossに分類しています。

Section 57はActual Total Loss、Section 58は消息不明船、Section 59は担保危険による航海中断後の積替え等、Section 60はConstructive Total Loss、Section 61は推定全損の効果、Section 62はNotice of Abandonment、Section 63は有効な委付の効果を定めています。

外航貨物海上保険では、貨物が物理的に残っているという理由だけで分損になるとは限りません。一方、損傷が大きいという理由だけで直ちに推定全損になるわけでもありません。

貨物の回収可能性、修理費、選別費、再梱包費、仕向地までの転送費、到着時価額、残存価額及び委付通知の時期を、保険証券と事故資料に基づいて順番に確認する必要があります。

この記事で扱う範囲

項目 この記事で扱う内容 他の記事で扱う内容
Sections 56~63 全損・分損、現実全損、推定全損、委付通知及び委付の効果 Marine Insurance Act 1906全体の横断的な概説
Section 56 全損と分損の区分、全損担保と推定全損、全損請求から分損認定への変更 分損額、Particular Average及び損害算定の詳細
Sections 57・58 現実全損の成立類型及び消息不明船に関する現実全損の推定 船舶事故、捜索及び戦争危険の個別判断
Section 59 担保危険による中断後の陸揚げ、再積込み又は積替えと保険者責任の継続 既存の「輸送区間と保険期間」関連記事におけるTransit Clause及び通常の輸送過程
Sections 60・61 推定全損の成立基準及び分損処理か委付による全損処理かの選択 修理費、価値減少、残存価額及び損害額の詳細計算
Section 27(4)との関係 Valued PolicyのAgreed Valueが推定全損判断で当然に決定的ではない理由 「英国海上保険法における保険価額」におけるValued PolicyとUnvalued Policy
Sections 62・63 委付通知の方式、時期、拒否・承諾、不要・免除及び委付後の残存利益 個別訴訟における通知の有効性、代理権及び証拠評価
Section 79(1)との関係 委付の効果と、全損保険金支払後の代位・残存利益取得との接続 「英国海上保険法における代位求償・分担・一部保険」におけるSection 79の詳細

既存の「Marine Insurance Act 1906」記事は、Constructive Total Loss及びNotice of Abandonmentを主要概念の一部として横断的に説明しています。

本記事は、Sections 56~63に範囲を限定し、全損区分、推定全損の費用比較、委付通知及び残存利益の処理を条文単位で詳しく説明します。

「英国海上保険法における保険価額」記事は、Section 27(4)を含むValued Policyの効果を扱います。「英国海上保険法における代位求償・分担・一部保険」記事は、Section 79(1)による全損保険金支払後の代位及び残存利益を扱います。

制度の目的と背景

海上保険では、事故後に貨物又は船舶が一部残っていても、回収、修理又は仕向地までの輸送に経済的合理性がない場合があります。

反対に、貨物が一時的に所在不明となった場合や、大きく損傷した場合でも、回収可能性や到着時価値が残っていれば、全損ではなく分損となることがあります。

Marine Insurance Act 1906は、物理的な滅失だけを全損とするのではなく、経済的・実務的に保全又は回復する価値が失われた場合をConstructive Total Lossとして整理しています。

推定全損について全損請求を選択する場合、被保険者は原則として保険対象への利益を保険者へ無条件に委付する意思を通知します。

この委付通知によって、保険者は残存物、回収可能性、売却価値及び付随する財産権を把握し、全損請求を受けるか、通知の有効性を争うかを判断できます。

Sections 56~63の全体像

Section 主題 基本的な内容 外航貨物海上保険での主な論点 重要資料
Section 56 全損と分損 損害を全損・分損に区分し、全損を現実全損・推定全損に分類する 全損請求後の分損認定、識別不能貨物 保険証券、サーベイ、貨物確認記録
Section 57 現実全損 破壊、原型喪失又は回復不能な剥奪を現実全損とする 焼失、回収不能な沈没、盗難又は性質喪失 事故報告、写真、捜索・回収記録
Section 58 消息不明船 合理的期間を経ても消息がなければ現実全損を推定できる 船舶・積載貨物の所在不明 AIS、通信記録、捜索情報
Section 59 積替え等の効果 担保危険による中断後、正当な陸揚げ・再積込み・積替え中も保険者責任が継続する 中間港での貨物滞留及び代替船への積替え 航海記録、積替え指示、運送契約
Section 60 推定全損 現実全損が不可避又は保全費用が保全後価額を超える場合等を定める 修理費・転送費と到着時価額の比較 修理見積、転送費、到着時価額
Section 61 推定全損の効果 分損として扱うか、委付して現実全損として扱うかを選択する 全損請求か分損精算かの選択 損害試算、委付方針、保険者回答
Section 62 委付通知 通知の方式、時期、拒否・承諾、不要又は免除を定める 通知遅延、条件付き通知、保険者の沈黙 Notice of Abandonment、受領記録
Section 63 委付の効果 有効な委付により保険者が残存部分の利益及び付随する財産権を取得できる 残存貨物、売却、廃棄及び保管費 在庫、残存物評価、売却記録

分損・現実全損・推定全損の比較

比較項目 分損 現実全損 推定全損 実務上の重要点
基本状態 全損に該当しない損害 保険対象が実際に失われた状態 物理的に残っていても全損扱いが合理的な状態 損傷率だけで区分しない
主な成立理由 一部損傷、価値減少、数量不足等 破壊、原型喪失又は回復不能な剥奪 全損不可避、回収・修理等の費用超過 回収可能性と費用比較が重要
貨物が残る可能性 通常は残る 残らない場合又は物としての性質を失う場合が多い 残存貨物が存在する場合が多い 存在することと経済的価値を区別する
委付通知 不要 不要 全損として扱う選択をする場合は原則必要 通知しなければ原則として分損扱い
残存利益 被保険者側に残るのが基本 全損支払後のSection 79等が問題になる 有効な委付によりSection 63の効果が生じ得る 売却・廃棄前に保険者へ確認する
主な英語 Partial Loss Actual Total Loss Constructive Total Loss Abandonmentは推定全損請求と関連する

Section 56 全損と分損の基本区分

Section 56(1)は、損害を全損又は分損に区分し、法律上定義される全損以外の損害を分損としています。

Section 56(2)は、全損をActual Total Loss又はConstructive Total Lossに区分します。

Section 56(3)では、保険証券に異なる意思が示されていない限り、全損を担保する保険は、現実全損だけでなく推定全損も担保するとされています。

したがって、Total Loss Onlyのような全損担保であっても、保険証券が推定全損を明確に除外していなければ、Constructive Total Lossが含まれるのが法定の基本構造です。

全損請求をしても分損として回収できる場合

Section 56(4)では、被保険者が全損として訴え又は請求を行ったものの、証拠上は分損だけが認められる場合、保険証券に別段の定めがなければ、分損として回収できるとされています。

全損請求が認められなかったという理由だけで、担保される分損まで当然に失われるわけではありません。

例えば、事故直後には全損と考えられた機械貨物でも、分解、洗浄、部品交換及び再組立てによって価値の一部を回復できる場合があります。

この場合、全損請求の要件を満たさなくても、修理費又は価値減少を分損として精算できる可能性があります。

識別不能貨物は直ちに全損とはならない

Section 56(5)では、貨物が現物として仕向地へ到着しているものの、マークの消失その他の理由によって識別できない場合、その損害は全損ではなく分損とされています。

この規定は、貨物が現物として存在するにもかかわらず、ラベル、ケースマーク、ロット番号又は包装表示が失われたことだけを理由として、貨物全部を全損と扱わないという考え方です。

実務では、貨物の仕様、数量、製造番号、成分、包装、所有者、販売可能性及び再識別費用を確認します。

ただし、識別不能によって実際に生じた選別費、再検査費、価値減少又は処分損は、分損として問題になる可能性があります。

Section 57 現実全損

Section 57(1)は、次のいずれかに該当する場合にActual Total Lossがあると定めています。

現実全損の類型 基本的な意味 貨物事故の例 確認資料
保険対象の破壊 保険対象が物理的に消滅又は破壊された 火災による完全焼失、海中沈没による回収不能 事故報告、写真、捜索・回収記録
当初の種類の物としての性質喪失 物体は残るが、付保された種類の物として存在しなくなった 食品の腐敗、薬品の化学変質、原料の完全混合 検査結果、品質証明、専門家意見
回復不能な剥奪 被保険者が保険対象を取り戻せない状態となった 回復不能な盗難、恒久的な没収又は所在不明 警察・当局資料、捜索記録、法的状況

Section 57(2)では、現実全損の場合、Notice of Abandonmentを行う必要はないとされています。

現実全損では、委付によって全損扱いへ転換する必要がなく、既に全損が成立しているためです。

Section 58 消息不明船

Section 58では、海上事業に関係する船舶が消息不明となり、合理的期間を経過しても消息が得られない場合、Actual Total Lossを推定できるとされています。

合理的期間は一律の日数ではなく、航路、航海距離、通信手段、気象、事故情報、捜索状況及び戦争・拿捕等の事情によって判断されます。

現代ではAIS、衛星通信及び緊急通報設備がありますが、通信途絶だけで直ちに全損になるわけではありません。

最後の通信、予定航路、捜索活動、海難情報及び同時期の気象・戦争危険を総合して判断します。

Section 59 積替え・再積込みと保険者責任の継続

Section 59は、全損又は推定全損の成立基準を定める条文ではありません。

担保危険によって航海が中間港又は中間地点で中断され、運送契約の特別な定めを除けば、船長が貨物を陸揚げして再積込みし、又は別の船へ積み替えて仕向地へ送ることが正当化される場合、保険者の責任は陸揚げ又は積替えによって終了せず継続します。

この規定は、本船故障、衝突、座礁、火災又は避難港への入港後に、貨物を代替船へ積み替えて輸送を継続する場面で重要です。

予定外の陸揚げや積替えが発生したという事実だけで、貨物が全損又は推定全損になるわけではありません。

第59条の中心は保険期間・輸送継続の問題であるため、Transit Clause及び通常の輸送過程については、既存の「輸送区間と保険期間」関連記事とあわせて確認します。

Section 60 推定全損の基本要件

Section 60(1)では、保険証券上の明示的な規定に従い、次のような場合にConstructive Total Lossが成立するとされています。

第一は、保険対象のActual Total Lossが避けられないと合理的に判断されるため、保険対象を放棄することが合理的な場合です。

第二は、Actual Total Lossを防ぐために必要な支出が、その支出を行った後の保険対象の価額を超えるため、保険対象を保全することが経済的に合理的でない場合です。

ここでいう「放棄」は、貨物を現場へ放置するという意味ではありません。保険上、回収又は保全の経済的合理性が失われたため、推定全損として扱う判断を指します。

推定全損の主な類型

類型 Section 60上の基準 貨物・船舶の例 主な比較資料 注意点
回復可能性が低い剥奪 担保危険によって占有を奪われ、回復できる見込みが低い 長期拿捕、回収見込みのない盗難 当局情報、法的状況、回収見込み 一時的な遅延や保管とは区別する
回収費用の超過 回収費用が回収後の価額を超える 海中貨物の引揚費が回収後価値を超える 引揚見積、回収後価額、売却見込 不確実な概算だけで判断しない
船舶の修理費超過 担保危険による修理費が修理後船価を超える 座礁船の大規模修理 修理見積、修理後船価、救助費 将来の救助費・共同海損負担も考慮する
貨物の修理・転送費超過 修理費と仕向地までの転送費が到着時価額を超える 濡損機械の修理・再梱包・再輸送 修理費、再梱包費、転送費、到着時価額 残存価額との単純比較だけではない

貨物における推定全損の費用比較

Section 60(2)(iii)では、貨物が担保危険によって損傷した場合、損傷の修理費と仕向地まで貨物を転送する費用の合計が、到着時の貨物価額を超えるときにConstructive Total Lossが問題になります。

実務上の比較では、修理費だけでなく、選別、乾燥、洗浄、再梱包、保管、追加荷役、内陸輸送及び海上転送等を整理します。

費用・価額 確認内容 主な資料 注意点
修理・復旧費 貨物を契約上使用可能な状態へ戻す費用 修理見積、メーカー意見、品質検査 単なる外観改善費と必要修理費を区別する
選別・検査費 使用可能品と損傷品を区分する費用 検品見積、作業計画 分損処理で必要な費用か確認する
再梱包費 転送又は販売に必要な包装を再構築する費用 梱包見積、仕様書 過剰な仕様変更費を含めない
転送費 事故地から契約上の仕向地まで送る費用 運賃見積、積替え・配送計画 事故地での売却を前提とした価額と混同しない
到着時価額 修理・転送後に仕向地へ到着した貨物の価額 販売価格、市場資料、鑑定 保険金額やAgreed Valueと当然に同一ではない
残存価額 現状のまま売却・処分した場合の価値 入札、買取見積、スクラップ価額 Section 60の法定比較と補助的に区別する

Valued PolicyのAgreed Valueと推定全損

Valued Policyでは、保険証券上のAgreed Valueが、原則として保険者と被保険者間の保険価額を確定します。

ただし、Section 27(4)では、保険証券に別段の定めがない限り、そのAgreed ValueはConstructive Total Lossの成立を判断するための決定的な価額ではないとされています。

したがって、証券上のAgreed Valueが1億円であるという理由だけで、修理費等が1億円を超えるかどうかを単純に比較して推定全損を判断することはできません。

Section 60の比較対象、実際の回収・修理・転送費、保全後又は到着時の価額及びPolicy Wording上の別段の基準を確認します。

Section 61 推定全損が成立する場合の選択

Section 61では、Constructive Total Lossがある場合、被保険者は次のいずれかを選択できます。

選択 基本的な処理 委付通知 残存物の基本的な扱い 実務上の注意点
分損として扱う 実際の修理費、価値減少等を分損として請求する 不要 被保険者側に残るのが基本 保険証券上の分損計算を確認する
委付して全損として扱う 保険対象を保険者へ委付し、現実全損と同様に請求する 原則必要 Section 63により保険者が残存利益を取得できる 通知の方式・時期・無条件性が重要

Constructive Total Lossが成立する可能性があるというだけで、自動的に全損として保険金が支払われるわけではありません。

被保険者が分損として扱うのか、Notice of Abandonmentを行って全損として扱うのかを選択する必要があります。

Section 62 委付通知とは

Notice of Abandonmentとは、被保険者がConstructive Total Lossについて全損として扱うことを選択し、保険対象に対する自己の利益を保険者へ無条件に委付する意思を示す通知です。

委付通知は、損傷貨物を単に保険者の倉庫へ送り付けることや、貨物を現場へ放置することではありません。

Section 62(1)では、被保険者が委付を選択する場合、委付通知を行わなければならず、通知を行わない場合、損害は原則として分損としてのみ扱われます。

委付通知の方式・内容・時期

確認項目 法定の基本構造 実務上の確認 不十分となる可能性がある例
方式 書面、口頭又は両者の組合せで可能 証拠保全のため書面で明確に通知する 社内メモだけで保険者へ伝達されていない
特定文言 決まった文言は不要 対象事故、保険証券及び貨物を特定する 単なる全損検討の相談にとどまる
意思 被保険者の利益を保険者へ無条件に委付する意思が必要 条件付き提案と正式な委付通知を区別する 「高値で売れなければ委付する」とする条件付き通知
時期 信頼できる損害情報を得た後、合理的な注意をもって速やかに行う 情報取得日、サーベイ日、費用見積日を記録する 十分な情報取得後も長期間放置する
情報が不確実な場合 調査のため合理的な時間を取ることができる 調査内容と期間の合理性を記録する 調査を理由に無期限で通知を遅らせる

保険者が委付を拒否した場合

被保険者が適切なNotice of Abandonmentを行った場合、保険者が委付を拒否したという理由だけで、被保険者の権利は害されません。

保険者の拒否は、Constructive Total Lossの成立、通知の適時性又は通知内容について争う意思を示す場合があります。

被保険者は、拒否を受けた後も、貨物を無断で廃棄し、権利を放棄し、又は証拠を失わせないようにします。

損害防止、保管及び価値保全に必要な措置を行いながら、保険者と残存物の処理を調整します。

保険者が委付を承諾した場合

委付の承諾は、明示的に行われる場合だけでなく、保険者の行為から黙示的に認められる場合があります。

ただし、保険者の単なる沈黙は、委付の承諾とはされません。

委付が承諾されると、その承諾は撤回できません。

また、承諾は、損害に対する保険者の責任及びNotice of Abandonmentの十分性を決定的に認める効果を持ちます。

そのため、保険者の調査、残存物保全又は売却協力が、黙示の承諾に当たるのか、権利を留保した暫定措置にすぎないのかを、書面で明確にすることが重要です。

委付通知が不要又は免除される場合

被保険者が損害情報を受け取った時点で、Notice of Abandonmentを行っても保険者へ利益を与える可能性がない場合、通知は不要です。

例えば、保険対象が完全に滅失し、残存物、回収可能性又は付随する財産権が全くない場合には、委付通知を行う実益がないことがあります。

Actual Total Lossについては、Section 57(2)によりNotice of Abandonmentは不要です。

また、保険者は委付通知を不要とすることができます。

ただし、「通知しても意味がない」と被保険者が独自に判断して通知を省略すると、後に通知の要否が争われる可能性があります。

Section 63 有効な委付の効果

Section 63では、有効な委付がある場合、保険者は、保険対象の残存部分について被保険者が有する利益及びそれに付随する財産権を取得する権利を持つとされています。

貨物保険では、損傷貨物、回収品、売却代金、スクラップ価額又は第三者に対する一定の財産上の権利が問題になります。

被保険者は、委付後に残存貨物を独断で売却、転用又は廃棄せず、保険者の指示を確認します。

保管費、検査費、処分費及び売却費を誰が負担するかは、保険証券、委付の有効性、保険者の承諾及び個別の処理合意によって確認します。

Section 63の委付とSection 79(1)の代位の関係

比較項目 Section 63 Section 79(1) 実務上の接続
制度 有効な委付の効果 全損保険金支払後の代位 全損処理後の残存利益で重なり得る
主な発生契機 有効なAbandonment 保険者によるTotal Lossの支払 委付と保険金支払の時点を分けて確認する
主な対象 残存部分の利益及び付随する財産権 被保険者の権利・救済手段及び残存利益 残存物と第三者請求権を区別する
実務資料 Notice of Abandonment、承諾、残存物一覧 保険金精算書、Claim Letter、第三者請求資料 売却代金と代位求償金を別々に整理する

Section 63とSection 79(1)は同じ規定ではありません。

Section 63は、有効な委付によって残存部分の利益等を保険者が取得できることを定めます。

Section 79(1)は、保険者が全損について保険金を支払った場合に、被保険者の権利・救済手段へ代位し、残存する利益を引き継ぐ権利を定めています。

全損事故では、委付の有効性、保険金支払及び第三者への代位求償を一つの問題として混同せず、各段階を分けて確認します。

全損・推定全損・委付が問題になる主な場面

場面 主な条文・制度 確認資料 確認目的
貨物が完全焼失した Section 57、Actual Total Loss 消防・事故報告、写真、在庫資料 保険対象の破壊を確認する
貨物が性質を失うほど変質した Section 57、原型喪失 品質検査、メーカー意見、販売可否 当初の種類の物として残っているか確認する
船舶と貨物が消息不明となった Section 58 AIS、通信、捜索情報 合理的期間経過後の全損推定を確認する
避難港で代替船へ積み替えた Section 59 積替え記録、船長判断、運送契約 保険者責任が継続するか確認する
濡損貨物の修理・転送費が高額 Section 60、Constructive Total Loss 修理費、再梱包費、転送費、到着時価額 法定費用比較を行う
貨物が拿捕され回復見込みが低い Section 60、回復不能又は費用超過 当局情報、法的助言、回収見積 回復可能性と費用を確認する
全損扱いを選択する Sections 61・62 Notice of Abandonment、損害試算 通知の方式・時期・無条件性を確認する
委付後に残存貨物を売却する Sections 63・79 承諾、残存物評価、売却条件 残存利益の帰属と売却権限を確認する

直ちに全損・推定全損と判断できない場面

場面 直ちに判断できない理由 追加で確認する事項 注意点
貨物の80%が損傷した 損傷割合だけではSection 60の費用比較を満たすとは限らない 修理費、転送費、到着時価額 損傷率だけでCTLとしない
貨物が事故地に残っている 物理的存在と経済的回復可能性は別問題である 回収費、保管費、販売可能性 存在するから分損とは限らない
修理費が保険金額を超える Section 60の比較対象は保険金額だけではない 修理後価額、到着時価額、Policy Wording Sum InsuredとCTL基準を混同しない
Agreed Valueを修理費が超えない Section 27(4)によりAgreed Valueは当然に決定的ではない Section 60上の価額、契約上の別段規定 Valued Policyの金額だけで判断しない
保険者が委付通知に回答しない 単なる沈黙は承諾ではない 受領記録、行為、権利留保 黙示承諾の有無を慎重に確認する
貨物マークが消失した 現物が到着している場合はSection 56上、原則として分損である 再識別可能性、数量、品質、価値減少 識別不能だけで全損としない

全損・推定全損・委付の確認フロー

  1. 保険証券と準拠法を確認する
    Marine Insurance Act 1906が適用されるか、Total Loss、CTL及びAbandonmentに別段の定めがあるかを確認します。
  2. 担保危険による損害か確認する
    事故原因、担保危険、免責及び近因を確認します。
  3. 保険対象の現存状態を確認する
    破壊、性質喪失、回復不能な剥奪又は一部損傷のどれかを整理します。
  4. Actual Total Lossの成立を確認する
    Section 57又は消息不明船に関するSection 58を検討します。
  5. Section 59の積替え場面か確認する
    中間港での陸揚げ・再積込み・積替えが正当化され、保険者責任が継続するかを確認します。
  6. 回収可能性を確認する
    貨物又は船舶を回復できる見込みと回収費を確認します。
  7. 修理・再梱包・転送費を集計する
    Section 60上の必要費用を項目別に整理します。
  8. 修理後価額又は到着時価額と比較する
    保険金額やAgreed Valueだけでなく、法定の比較対象を確認します。
  9. 分損処理か全損処理かを選択する
    Section 61に基づき、分損として扱うか委付して全損として扱うかを決定します。
  10. 委付通知の要否・時期を確認する
    信頼できる情報の取得日と合理的な調査期間を記録します。
  11. 残存物と権利を保全する
    保険者の指示なく売却、廃棄又は権利放棄を行いません。
  12. 専門家へ照会する
    高額事故、通知時期の争い、Valued Policy又は複雑な残存物処理は、保険会社、Insurance Agent、Insurance Broker又は法律専門家へ確認します。

典型的な問題ケース

ケース 主な論点 確認資料 判断のポイント 初動対応
火災で貨物が完全焼失 Section 57、現実全損 消防報告、写真、在庫資料 保険対象の破壊 滅失数量と付保対象を確定する
食品が腐敗し商品性を完全に喪失 当初の種類の物としての性質喪失 検査、廃棄基準、販売可否 単なる価値減少か原型喪失か 専門家検査と保険者確認を行う
船舶が長期間消息不明 Section 58 AIS、通信、捜索情報 合理的期間と無消息の証拠 時系列と捜索状況を保存する
濡損機械の修理・転送費が到着時価額を超過 Section 60(2)(iii) 修理見積、転送費、到着時価額 法定費用比較 複数見積とサーベイを取得する
高額機械のAgreed ValueだけでCTLを否定 Section 27(4) Policy、修理費、修理後価額 Agreed Valueが決定的か Policy WordingとSection 60を再確認する
委付通知が事故から2か月後 Section 62、通知の適時性 情報取得日、調査記録、通知 合理的調査期間を超えていないか 遅延理由を文書化する
保険者が委付を拒否 拒否後の被保険者の権利 通知、拒否回答、残存物記録 通知が適切であったか 残存物を保全し権利を留保する
委付承諾後に被保険者が残存物を売却 Sections 63・79 承諾、売却記録、保険金精算 売却権限と代金帰属 売却を停止し保険者へ報告する

具体例1 濡損貨物の推定全損を判断する場合

機械貨物が海水で濡損し、事故地での修理費が1,800万円、再梱包費が300万円、仕向地までの転送費が700万円と見積もられたとします。

修理及び転送後に仕向地へ到着した貨物の価額は2,500万円と評価されました。

修理、再梱包及び転送の合計費用は2,800万円で、到着時価額2,500万円を上回ります。

この場合、Section 60(2)(iii)の基本構造ではConstructive Total Lossが問題になります。

ただし、見積内容に不要な改良費が含まれていないか、到着時価額が適切か、保険証券に別段の条件がないかを確認します。

推定全損が成立すると判断して全損扱いを選択する場合には、Notice of Abandonmentの要否と時期を直ちに確認します。

具体例2 費用が到着時価額を超えない場合

貨物の乾燥・修理費が900万円、再梱包費が200万円、転送費が400万円で、合計1,500万円だったとします。

修理及び転送後の到着時価額は2,200万円です。

この場合、費用合計1,500万円は到着時価額2,200万円を下回ります。

損傷割合が大きくても、この数値だけを見る限り、Section 60(2)(iii)の費用超過基準は満たしません。

分損として修理費、価値減少及び適用する保険条件を検討するのが基本となります。

具体例3 委付通知の時期が問題になる場合

被保険者が8月1日に、貨物が重大な濡損を受けたという信頼できる情報を受け取ったとします。

修理費と転送費が不明だったため、8月2日にサーベイを手配し、8月6日に最終見積を受領しました。

被保険者が8月7日にNotice of Abandonmentを行った場合、調査のために要した期間が合理的であり、情報確定後に速やかに通知したと評価される可能性があります。

一方、8月6日に必要情報が揃ったにもかかわらず、被保険者が独自売却を試み、9月末まで通知しなかった場合には、合理的な注意をもって速やかに通知したかが問題になります。

通知の適時性は一律の日数ではなく、情報の信頼性、調査の必要性及び被保険者の対応経緯によって判断されます。

具体例4 識別不能貨物が到着した場合

混載コンテナ内の段ボール箱が水濡れし、ケースマークとラベルが消失しましたが、貨物自体は仕向地へ到着していたとします。

荷主別の箱を直ちに識別できないという理由だけで、貨物全部をActual Total Loss又はConstructive Total Lossとして扱うことはできません。

Section 56では、貨物が現物として到着し、マーク消失等によって識別できない場合、損害は原則として分損です。

再識別、開梱、数量確認、品質検査及び再包装に要した費用や、識別不能による価値減少を分損として整理します。

よくある誤解

誤解 実際の考え方 実務上の注意点
貨物が少しでも残っていれば全損にならない 物理的に残っていてもConstructive Total Lossとなる場合があります。 回収・修理・転送費と価額を比較します。
貨物の80%が損傷すれば自動的に推定全損になる Section 60は単純な損傷率基準ではありません。 法定の費用比較とPolicy Wordingを確認します。
全損請求が否定されれば保険金は一切支払われない 証拠上分損であれば、原則として分損として回収できる場合があります。 Section 56(4)と保険証券を確認します。
貨物マークが消えれば全損である 現物が仕向地へ到着している識別不能貨物は原則として分損です。 再識別費と価値減少を確認します。
Agreed ValueがCTL判断の唯一の基準である Section 27(4)により、原則として決定的ではありません。 Section 60の比較対象と契約条件を確認します。
推定全損が成立すれば委付通知は不要である 全損として扱う選択をする場合は原則として通知が必要です。 通知しなければ分損扱いとなる可能性があります。
委付とは損傷貨物を保険者へ送り付けることである 被保険者の利益を無条件に委付する法的意思表示です。 物理的引渡しとNotice of Abandonmentを区別します。
保険者が回答しなければ委付を承諾したことになる 単なる沈黙は承諾ではありません。 明示又は行為による黙示承諾を確認します。
保険者が委付を拒否すれば全損請求権は必ず失われる 適切な通知を行っていれば、拒否だけで権利は害されません。 通知の有効性とCTLの成立を別途立証します。
委付承諾後も被保険者が残存物を自由に売却できる Section 63により保険者が残存利益等を取得できる場合があります。 売却・廃棄前に保険者の指示を確認します。

フォワーダー実務での判断チェックリスト

確認場面 確認する相手 確認事項 問題がある場合の対応
事故発生時 荷主・運送人・保険会社 事故原因、貨物所在、損傷状態及び担保危険 事故通知、写真、サーベイ及び証拠保全を行う
貨物回収検討時 荷主・サーベイヤー・現地業者 回収可能性、引揚費、保管費及び安全性 複数の見積と回収後価額を取得する
修理・選別検討時 メーカー・修理業者 修理範囲、品質保証、選別費及び再梱包費 必要費用と改良費を区別する
転送検討時 運送人・NVOCC・フォワーダー 仕向地までの海上・陸上運賃、荷役費及び納期 Section 60用の転送費を項目別に整理する
推定全損判断時 保険会社・Insurance Agent・Insurance Broker 修理・転送費、到着時価額、Policy Wording及びAgreed Value Section 27(4)とSection 60をあわせて確認する
委付通知検討時 保険会社・法律専門家 信頼できる情報取得日、通知内容、無条件性及び送達方法 証拠が残る方法で速やかに通知する
保険者が委付を拒否した時 保険会社・法律専門家 拒否理由、通知の有効性及びCTL成立資料 残存物と請求権を保全する
積替え・再積込み時 運送人・NVOCC・保険会社 中断原因、積替えの正当性、輸送継続及び追加費用 Section 59とTransit Clauseを確認する
残存物処分時 保険会社・荷主・サーベイヤー 委付承諾、保険金支払、所有・売却権限及び代金帰属 Sections 63・79を確認してから処分する

関係者の役割

関係者 主な役割 確認・提供する情報 注意点
荷主・被保険者 損害情報を収集し、分損・全損の選択及び委付通知を検討する インボイス、保険証券、事故資料、費用見積 残存物を独断で売却・廃棄しません。
フォワーダー・NVOCC 輸送経緯、積替え、転送費及び関係者情報を整理する Booking、B/L、積替え記録、運賃見積 全損認定や委付の法的判断を独自に確定しません。
Insurance Agent 保険証券、適用約款及び保険会社との確認を支援する Policy、Clause、保険金額、通知記録 委付通知の時期を遅らせないよう調整します。
Insurance Broker 被保険者側で保険者との条件・請求・委付関係を調整する Slip、Policy Wording、Notice of Abandonment 正式通知の送達と権利留保を明確にします。
保険会社・引受人 全損区分、委付通知、残存物及び保険金支払を判断する サーベイ、費用比較、到着時価額、残存物 調査行為が委付承諾と解されないよう意思を明示します。
サーベイヤー 貨物状態、修理可能性、費用、価額及び残存物を調査する Survey Report、写真、見積、検査結果 法的なCTL成立を最終決定する立場とは限りません。
法律専門家 Sections 56~63、通知の適時性、委付の効果及び代位を評価する Policy、通知、事故時系列、費用資料 通知期限が問題となる案件では早期相談が必要です。

実務上のポイント

全損か分損かを判断する際は、損傷率又は保険金額だけで判断せず、Marine Insurance Act 1906の各要件と保険証券を確認します。

Actual Total Lossでは、破壊、当初の種類の物としての性質喪失又は回復不能な剥奪があるかを確認します。

Constructive Total Lossでは、回収可能性、回収費、修理費、再梱包費、転送費及び修理後又は到着時の価額を比較します。

Valued Policyであっても、Agreed Valueは推定全損判断に当然に決定的ではありません。Section 27(4)、Section 60及びPolicy Wordingをあわせて確認します。

推定全損を全損として扱う場合は、信頼できる情報取得後、合理的な調査期間を除き、Notice of Abandonmentを速やかに行います。

委付通知後も、保険者の指示なく残存物を放置、売却又は廃棄せず、損害拡大防止と証拠保全を継続します。

委付承諾、全損保険金支払及び第三者への代位求償は、それぞれSections 63・79等に関係するため、残存利益と請求権を分けて整理します。

まとめ

Marine Insurance Act 1906のSection 56は、損害を全損と分損に区分し、全損をActual Total LossとConstructive Total Lossに分類しています。

Section 57では、保険対象の破壊、当初の種類の物としての性質喪失又は回復不能な剥奪がある場合にActual Total Lossが成立します。現実全損についてNotice of Abandonmentは不要です。

Section 58では、船舶が消息不明となり、合理的期間を経ても消息がない場合にActual Total Lossを推定できます。

Section 59は、担保危険によって航海が中断され、貨物の陸揚げ、再積込み又は積替えが正当化される場合、保険者責任が継続することを定めています。

Section 60では、Actual Total Lossが不可避である場合や、回収・修理等の費用が保全後価額を超える場合にConstructive Total Lossが問題になります。

貨物については、修理費と仕向地までの転送費が到着時価額を超えるかを確認します。

Valued PolicyのAgreed Valueは、Section 27(4)により、保険証券に別段の定めがない限り、推定全損判断の決定的な価額ではありません。

Section 61では、被保険者は推定全損を分損として扱うか、保険対象を委付して現実全損と同様に扱うかを選択できます。

全損扱いを選択する場合は、Section 62に従い、原則としてNotice of Abandonmentを、信頼できる情報取得後、合理的な注意をもって速やかに行います。

保険者が適切な委付を拒否しても、その拒否だけで被保険者の権利は害されません。一方、保険者が委付を承諾した場合、その承諾は撤回できず、保険者の責任と通知の十分性を決定的に認める効果があります。

Section 63による委付の効果と、Section 79(1)による全損保険金支払後の代位は異なる制度です。実務では、委付、残存物、保険金支払及び第三者請求権を段階別に整理します。

全損・推定全損・委付の取扱いは、保険証券、適用約款、損害状況、回収可能性、費用比較及び通知時期によって異なります。具体的な案件は、保険会社、Insurance Agent、Insurance Broker又は英国法に詳しい法律専門家へご相談ください。

同義語・別表記

  • 全全損
  • Total Loss
  • 分損
  • Partial Loss
  • 現実全損
  • Actual Total Loss
  • 推定全損
  • Constructive Total Loss
  • 委付
  • Abandonment
  • 委付通知
  • Notice of Abandonment
  • MIA 1906 Sections 56–63

関連用語